あんまり書くことがないもんで…
以前、暑苦しく語った銀河英雄伝説ネタでも(笑。
一応、自分の記事だけどもうっとーしくもリンク張っておきまちゅ。
なんの宣伝だ(笑。
いえ、今は結構頭の中はフィギュア80%SMAPさん20%<えええ!コンサもうすぐやちゅーねーん!!てな感じの比率で、あんまり銀英伝の入り込む余地はにゃいのが実情でちゅが…。そのフィギュア、てか、ランビちゃん周辺で新ネタがありまちぇんので、ここはひとつ、ボチボチと。
以前も書いたように、この話で「どっち?」と問われると、アテクチは間違いなく同盟派…というより、ヤン・ウェンリー派でちゅ。ヤン提督は、自分の才能―戦争の、と言うより人殺しの―を時々あからさまな自己嫌悪を持って嫌っておりまちたが、確かに、ある意味神をも凌駕する人殺しの名人でもあるワケで。キムコ、この原作を読破したのが、おそらく高校1年生とかそれくらいのことだったと思うのでちゅけど、本気の本気で、行けるものなら提督の下へ行きたかったww<思い込み激しすぎ(爆笑。しかしながら、原作ではまさにそんな一般市民の記述が時々登場しまちゅ。義勇兵を募ったシーンとかでちゅね。
でも普通に考えて、あのシーンって、まさに国家の後ろ盾なくしたヤン・ウェンリーの私兵(エル・ファシル自治政府なんて、帝国軍のミッターマイヤー(…だったっけ?)が評したように、ニワトリの頭を飾るトサカでしかない)VS全宇宙の戦いに挑むわけで…。普通、手を上げて参加する人間なんていないでちゅよね(笑。民主主義の存在云々の前に、皆、ヤン・ウェンリー個人のために戦っているようなフシがありまちゅ。んで、当時コーコーセーのウザい(笑)キムコも燃えていまちた。本読みながら。本当にウザい。
ヤン提督の神がかり的な魔術に掛かったら、勝てるかもしれない。でも、死ぬかもしれない。おそらくは高確率で。それでも我先に、と死地に赴く人々を、ヤン提督はそうと分かって利用していた…違うな、利用している、と分かってながら自分を旗印にした…ってなんか凄惨でちゅよね。しかもそれを楽しそうに演出する幕僚達…。うわー。
正確な記述は忘れましたが(調べろよ!)、アッテンボローが「回想録」とやらを書き残そうとしているときに「それは確かに勝ち目のない戦いであるはずなのに、誰もおかしくはならなかった。なぜなら…」「最初から、おかしくなっていたからである」と混ぜっ返すポプラン、みたいなシーンがあったと思うのでちゅが、ある意味、ポプランのこの台詞は的を得ているような気もしまちゅ。
彼らは、戦って、戦って、望み通り「くたばれ、カイザー!!」でラインハルトを倒した後の世界を、どう想像していたのでしょうか。民主主義社会の再建?本当に?
「あの野暮天が考えるだろ」と、すべてをヤン・ウェンリー個人に担がせようとしてはいなかったのでしょうか?口は悪いけど、そこにあるのは心酔以外の何者でもなく。誰もが、ワルター・フォン・シェーンコップのように口に出したりはしないけれども、孤高の座に着く黒髪の頼りない青年の姿を思い描いていなかったんでしょうか。…って、あれ?シェーンコップ語りするつもりだったのになー…(笑。これはまた次の機会に。
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